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たかが服装で、損をしたくない

僕は服が好きだ。

スーツも好きだし、靴も時計も好きだ。
最近は古着屋を覗くのも面白くなってきた。

 

ただ、「なぜそんなに服に気を使うんですか?」と聞かれたら、

「おしゃれに見られたいから」

という答えは、少し違う。

もっと正確に言えば、

 

たかが服装で、損をしたくない。

 

たぶん、これが一番近い。

そう考えるようになったのには、学生時代のある出来事がある。

 


 

大学生の頃、アルバイト先へバイクで向かっていた。

僕の前方、同じ方向の左車線を走っていた車が、突然Uターンしてきた。

ウインカーも出ていなかったと思う。

慌ててブレーキをかけたが、間に合わず接触した。

幸い、怪我はなかった。

 

ところが車から降りてきた40歳くらいの男性が、いきなり僕を怒鳴りつけてきた。

「いやいや、そっちが悪いだろう」

若かった僕も黙っていない。

売り言葉に買い言葉。

路上で二人、かなり激しく言い合いになった。

 

その様子を見ていた通行人が110番したらしく、ほどなくしてパトカーがやってきた。

警察官による現場確認が始まった。

 

そこで僕は、妙な違和感を覚えた。

警察官の僕に対する口調が、明らかにきつい。

周囲で見ていた人たちの視線も、なんとなく僕の方に冷たい。

 

なぜだ?

少しして、気がついた。

自分の姿を客観的に見てみた。

 

長い髪の大学生。
派手なバイク。
革ジャン。
ダメージジーンズ。

 

一方の相手は40代。

新しいクラウン。
高そうなスーツ。
いかにも社会的にきちんとした人に見える。

 

後から知ったのだが、大手住宅会社の支社長だった。

 

事故の事実関係と服装なんて、本来は何の関係もない。

革ジャンを着ているから乱暴な運転をするわけではない。

高級なスーツを着ているから正しいとも限らない。

それでも、その場にいた僕には強烈に感じられた。

 

ああ、人は見た目で判断するんだ。

 

若い僕には、結構ショックだった。

 

「人間は中身だ」

子供の頃から何度も聞いてきた。

もちろん、それは正しいと思う。

でも、そのとき初めて気づいた。

 

中身を知ってもらうには時間がかかる。
見た目は、一瞬だ。

 


 

この話には、後日談がある。

物損事故の処理について話し合うため、後日、相手の男性と二人で会うことになった。

 

待ち合わせ場所は喫茶店。

今度は僕もジャケットを着て、身なりを整えて出かけた。

店で僕を見るなり、相手が少し驚いたような顔をしたのを覚えている。

 

事故現場で革ジャンを着て怒鳴り合っていた若者とは、少し違って見えたのだろう。

話し合いは無事に終わった。

 

そして、そこから雑談になった。

話しているうちに、思いがけないことが分かった。

なんと、同じ大学だった。

先輩と後輩。

事故現場であれほど怒鳴り合った二人が、数日後には喫茶店で同じ大学の話をしている。

人生は面白い。

 

さらに話は仕事の話になった。

その人は僕に言った。

「うちに来ないか」

就職を勧めてくれた。

そして、こんなことも言われた。

「私も経済学部だけど、建築も面白いよ」

僕も経済学部だった。

 

そのとき、その言葉をどこまで真剣に受け止めていたのかは、もう覚えていない。

結局、その会社に入社することはなかった。

 

ただ、不思議なことに僕は大学を卒業してから建設関係の仕事に就いた。

そしてその後、自分で会社をつくった。

今も建物に関わる仕事をしている。

 

あの日から、何十年も経った。

今になって振り返ると、ときどき思う。

あれは何だったんだろう、と。

単なる交通事故だったのか。

偶然出会った大学の先輩だったのか。

それとも、人生のどこかに置かれていた小さな道標だったのか。

 

もちろん、そんなことは誰にも分からない。

人生は後から振り返ると、偶然だった点と点が一本の線に見えることがある。

そのときには意味など分からなかった出来事が、何十年も経ってから、

「ああ、ここにつながっていたのか」

と思えることがある。

 


 

そしてもう一つ。

今になれば、あの日の出来事を相手だけの問題だったとも思わない。

 

僕だって若かった。

頭に血が上がり、かなり強い口調で言い返した。

相手も僕の外見を見て何かを判断したのかもしれない。

僕も相手のクラウンやスーツを見て、「偉そうなオッサンだ」と決めつけていたのかもしれない。

 

でも、場所を変えて、服装も変えて、落ち着いて向き合ってみたら、同じ大学の先輩後輩だった。

さらに話してみれば、僕の将来を気にかけて、就職まで勧めてくれる人だった。

 

人は見た目で判断する。

 

あの日、僕が学んだことだ。

でも同時に、

 

見た目だけでは、人は分からない。

 

これも、あの日に教わったことなのだと思う。

 


 

僕は今も服が好きだ。

でも、高い服を着ればいいとは思っていない。

 

大切なのは、その場にふさわしいかどうか。

商談には商談の服装がある。

謝罪に伺うなら、それにふさわしい服装がある。

パーティーなら、また違う。

休日にバイクに乗るなら、革ジャンだっていい。

最近は古いハリスツイードのコートも着るし、オレンジのG9も着る。

 

服は楽しい。

 

だから自己満足も大いに結構だと思う。

ただ僕は、「自分が何を着たいか」と同じくらい、

「それを着た自分が、相手からどう見えるか」

を考える。

 

相手に媚びたいわけではない。

実力以上に見せたいわけでもない。

まして、高級品で自分を大きく見せたいわけでもない。

 

ただ、自分の仕事や人間性を知ってもらう前に、服装という些細なことで余計なマイナス評価を受けたくない。

それだけだ。

 

人間の中身は、服では変わらない。

能力も、誠実さも、信用も、本来は服の値段やデザインとは関係ない。

 

だからこそ思う。

 

たかが服装だ。

 

たかが服装なのだから、

そんなことで、自分の中身まで誤解されて損をするのは、もったいない。

 

そして、あの日。

事故現場で怒鳴り合った相手と、数日後に喫茶店で話をした。

同じ大学の先輩だった。

別れ際まで、まさかその言葉が何十年も自分の中に残るとは思わなかった。

 

「建築も面白いよ」

 

あれから何十年。

僕は今も、建物の仕事をしている。

 

人生というのは、なかなか面白い。

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